大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)2219号 判決

原告

辻井与志栄

ほか四名

被告

上本利夫

ほか二名

主文

一  原告らの本訴請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは各自、原告辻井与志栄に対し、金三、五〇五、〇八六円およびうち金二、一七八、三四五円に対する昭和四五年五月二〇日から、うち金一、〇一〇、〇七四円に対する昭和四七年六月二九日からそれぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自、原告辻井正蔵、同辻井秀雄、同真保民子、同池田勝子それぞれに対し、各金一、七五二、五四三円およびうち金一、〇八九、一七二円に対する昭和四五年五月二〇日から、うち金五〇五、〇三七円に対する昭和四七年六月二九日からそれぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告らの各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二請求原因

一  事故の発生

訴外亡辻井栄治郎(以下、亡栄治郎という)は、次の交通事故にあつた。

(一)  日時 昭和四二年二月一五日午後一時二〇分ごろ

(二)  場所 池田市中川原町三二八番地先道路上

(三)  加害車 小型四輪貨物自動車(大阪四す九一八三号)

右運転者 被告上本利夫

(四)  被害者 亡栄治郎

(五)  態様 道路を横断歩行中の亡栄治郎を加害車がはねたもの。

二  責任原因

(一)  運行供用者責任(自賠法三条)

被告上本清(以下、被告清という。)は、加害車を保有し、自己のため運行の用に供していた。

(二)  使用者責任(民法七一五条第一項)

被告株式会社三芳園(以下、被告会社という)は、自己の営業のため被告上本利夫(以下、被告利夫という。)を雇用し、同人が被告会社の業務の執行として加害車を運転中後記(三)の過失により、本件事故を発生させた。

(三)  運行供用者責任(自賠法三条)

被告会社は、造園業を営むものであり、自己の請負つた造園工事の植木の部分、右の部分などそれぞれの部分をさらに下請させていたものであるところ、被告会社の従業員である被告利夫に被告会社の右下請工事をしている被告清の保有する加害車を運転させていたのである。

(四)  一般不法行為(民法七〇九条)

被告利夫は、加害車を運転中、前方に対する注視を怠り、ハンドル・ブレーキ操作不適切の過失により、本件事故を発生させた。

三  損害

(一)  傷害の内容・治療経過等

亡栄治郎は、本件事故により、右脚下腿部裂傷及び開放性骨折の傷害を受け、昭和四二年二月一五日池田病院に入院し、同年二月一六日から同年一一月三日まで済生会京都府病院に入院し、同年一一月四日から昭和四三年一月一一日まで同病院に通院し、同年一月一二日から同年一一月一日まで同病院に入院し、同年一一月六日から昭和四四年四月二二日まで同病院に通院し、同年四月一二日から同年八月一日まで岡田病院に通院し、同年八月一一日から昭和四五年一〇月一五日まで小室整形外科に入通院し、同年一〇月二〇日から昭和四六年三月二三日まで太秦病院に入通院して治療を受けたが、同年三月二三日死亡した。

(二)  権利の承継

亡栄治郎は、本訴を提起し係属中昭和四六年三月二二日死亡したから、相続により、その権利義務を、配偶者である原告与志栄においてその三分の一、同原告と亡栄治郎との子であるその余の原告らにおいてそれぞれその六分の一を承継した。

(三)  治療費 九七〇、三六八円

亡栄治郎の前記入通院の治療費として、次のとおり合計九七〇、三六八円を要した。

(1) 済生会京都府病院 七六五、一九三円

(2) 岡田病院 五、九三五円

(3) 小室整形外科 四五、五九〇円

(4) 太秦病院 一五三、六五〇円

(四)  入院雑費 二四五、〇〇〇円

(五)  付添費 四三八、五九〇円

(六)  通院交通費 一二三、五〇〇円

(七)  亡栄治郎の休業損害 二、八二〇、〇〇〇円

亡栄治郎は、事故当時七三才で農業に従事し、また販売用の花を栽培して一カ月六〇、〇〇〇円を下らない収入を得ていたが、前記受傷により、昭和四二年四月二一日から昭和四六年三月二三日まで四七カ月間休業を余儀なくされ、その間二、八二〇、〇〇〇円の収入を失つた。

(八)  亡栄治郎の逸失利益 一、九六六、三二〇円

亡栄治郎は、死亡当時七七才で、前記(七)のとおり一カ月六〇、〇〇〇円を下らない収入を得られたものであるが、事故がなければ、あと三年間稼働し、右同程度の収入を得ることができたと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一、九六六、三二〇円となる。

(九)  慰藉料 三、〇〇〇、〇〇〇円

(一〇)  弁護士費用 九五〇、〇〇〇円

着手金三〇〇、〇〇〇円、報酬六五〇、〇〇〇円

四  結論

よつて、原告らは、被告らに対し、第一記載のとおりの判決(遅延損害金は訴提起当初からの金額については被告らに対する最も遅い訴状送達の日の翌日から、請求拡張部分については請求拡張申立書送達の翌日からそれぞれ支払済まで民法所定年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一  請求原因一項(一)ないし(四)の事実は認めるが、(五)の事実は争う。

二  請求原因二項(一)の事実は認めるが、(二)ないし(四)の事実は否認する。

三  請求原因三項の事実は争う。

第四被告らの主張

一  免責

本件事故は、亡栄治郎の一方的過失によつて発生したものであり、被告利夫には何ら過失がなかつた。かつ加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告清には損害賠償責任がない。

すなわち、被告利夫は、加害車を運転して北から南へ向け進行中、その前方道路左端付近を同方向に歩行していた亡栄治郎が、後方および左右の安全を確認することもなく、道路を東から西へ横断するため、急に道路中央部へ飛び出したため、急制動の措置をとつたが間に合わず、加害車前部を亡栄治郎に接触せしめたものである。

二  過失相殺

仮に、免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については亡栄治郎にも前記のとおりの過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

三  消滅時効

仮に、被告らにおいて本件事故による原告の損害を支払う義務があつたとしても、本訴の提起は、本件事故の日である昭和四二年二月一五日から三年を経過しているから、被告らの損害賠償義務は時効によつて消滅しており、被告らは本訴において右時効を援用する。

第五被告らの主張に対する原告の答弁

一  被告らの免責の抗弁および過失相殺の主張は争う。

二  被告らの主張の消滅時効の抗弁は否認する。

すなわち、亡栄治郎は、当初左下腿開放性骨折により、約四カ月間の加療を要するものと診断されたのであるが、予期に反して再三の手術によつても完治せず、長期間にわたる入通院による治療ののち全く予想もしなかつた死亡に至つたものである。ところで、本件において消滅時効の起算点は、損害賠償請求権の具体的行使が可能となる治療費などの支払時であると解すべきところ、原告ら請求の損害のうちもつとも古い支払は付添看護費の一部支払(甲第七号証の一)であつて昭和四三年七月二五日であるから、時効により消滅していない。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一項(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがなく、(五)の事故態様は後記二2において認定のとおりである。

二  責任原因

1  被告清

請求原因二(一)の事実は、当事者間に争いがないから、被告清は、後記免責の抗弁が認められない限り、自賠法三条により、本件事故による損害を賠償する責任がある。

2  被告利夫

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、幅員八メートルの南北に通じる歩車道の区別のない道路(以下、本件道路という)上で、付近はアスフアルト舗装がなされ、中央線によつて南行、北行に区分されており、直線で前方の見通しはよく、制限速度は時速五〇キロメートルであり、車両の交通量は少ない。

(2)  被告利夫は、加害車を運転して北から南へ向け本件道路の南行車線上を時速約四〇キロメートルで進行中、前方約二三・三メートルの本件道路東(左)端付近を同一方向に歩行している亡栄治郎を認めたが、同人は直進するものと考えてその動静を十分注視することなく進行していたところ、前方約八・三五メートルの地点に本件道路を東から西へ向け足早に横断歩行している亡栄治郎を認め急制動の措置をとつたが間に合わず、加害車の右前部を同人に衝突させて転倒せしめた。

(3)  亡栄治郎は、本件道路を北から南へ進行して来る加害車を認めたが、同車よりも先に横断できるものと考えて東から西へ足早に横断を始めたが道路中央付近まで進行した際に、南から北へ進行して来る自動車が二台あつたので立ち停つてその通過を待つていたところ、その通過の直後に加害車と衝突した。

以上の事実が認められ、〔証拠略〕のうち右認定に反する部分は前掲甲第一号証の四、同号証の五に照らしたやすく採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によると、被告利夫は、加害車を運転中、前方約二三・三メートルの地点に同方向ほ歩行している亡栄治郎を認めたのであるから、同人の動静を十分に注視し、場合によつては警音器を吹鳴して同人の注意を喚起すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と同一速度で進行した過失により、本件事故を発生させたものと認めるのが相当である。

したがつて、被告利夫は、民法七〇九条により、本件事故による損害を賠償する責任がある。

そして、右のとおり、本件事故の発生について被告利夫に過失が認められるのであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告清の免責の抗弁は理由がない。

3  被告会社

(一)  使用者責任

〔証拠略〕によると、被告利夫は、事故当時被告清が雇用していたものであつて、被告会社が雇用していたものではないことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕は前掲各証拠に照らしたやすく採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被告会社は、本件事故による損害について使用者責任を負わない。

(二)  運行供用者責任

本件全証拠によるも、被告会社が加害車について運行支配・運行利益を有していたことを認めるに足りない。したがつて、被告会社は、本件事故による損害について運行供用者責任を負わない。

以上により、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告会社に対する本訴請求は理由がない。

三  亡栄治郎の傷害、治療経過等

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

亡栄治郎は、事故当時七三才(明治二七年一月一日生)で、本件事故により、左下腿部裂傷、左脛骨開放性骨折の傷害を受け、昭和四二年二月一五日池田病院に入院し、同月一六日から同年一一月三日まで済生会京都病院に入院し、同月四日から昭和四三年一月一一日までの間同病院に通院して治療を受けたが傷口が閉鎖しなかつたため同月一二日から同年一一月一日まで同病院に入院し、同月六日から昭和四四年四月二二日までの間同病院に通院して治療を受けたが完治せず、同月一二日から同年八月一一日までの間岡田病院に通院し、同月一一日から昭和四五年一〇月一五日までの間左下腿慢性骨髄炎の診断名で小室整形外科病院に通院して治療を受けた。しかしながら、左下腿の右傷口は潰瘍となつてなかなか治癒しなかつたため、同年一〇月二〇日太秦病院の外科で診察を受け、同月二一日から同年一月一〇日まで同病院に入院して右潰瘍部分の皮膚の切除とその縫合手術を行いその経過は良好で退院した。ところが、昭和四六年二月一日、腹痛、せき、発熱などにより陳旧性肺浸潤、脳動脈硬化症、糖尿病等の診断名で同病院の内科に入院し、左下腿の右手術創は同月一三日ごろには治癒したが、同年三月初旬から脳軟化症の症状を呈し始め、同月二〇日から脳軟化症は悪化して意識障害を来し、同月二三日死亡するに至つたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によると、亡栄治郎の直接の死因は脳軟化症であつて、右認定の亡栄治郎の傷害の部位、治療経過・期間、病状の推移、同人の年令等を総合すると、本件事故と亡栄治郎の死亡との間には因果関係はないものと認めるのが相当である。

四  消滅時効の抗弁に対する判断

交通事故により傷害を被つた被害者の加害者等に対する損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、治療費などの支出の時ではなく、事故のときに予見し得た全損害について事故時から消滅時効は進行すると解するのが相当である。

ところで、〔証拠略〕に前記三認定の亡栄治郎の傷害の部位・程度、治療の経過・期間・その年令等を総合すると、亡栄治郎の被つた傷害は重傷であつたのであるから、同人の死亡までの予見は可能でなかつたけれども(もつとも同人の死亡が本件事故と因果関係のないことは前記三認定のとおりである。)、原告主張の請求原因三(三)ないし(七)の損害については事故当時予見し得たものであり、また、亡栄治郎は事故直後には加害者を知つたと認められるから、本件事故による亡栄治郎の傷害に基づく損害に対する被告利夫および同清の損害賠償債務は、昭和四二年二月一五日から三年の経過により、時効によつて消滅したことになる。

右のとおり、亡栄治郎の死亡と本件事故との間に因果関係が認められないことは前認定のとおりであり、また同人の傷害に基づく損害については消滅時効が完成しているのであるから、原告らの被告利夫および同清に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  結論

以上により、原告らの被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新崎長政)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例